最新のトラックバック
おすすめブログ
カテゴリ
全体 クルマ デザイン アート イタリア カーデザイン Alfa Romeo バイク ドライブ ミニカー 建築 街 メンテナンス 旅行 ニューカマー イベント チューニング フェイバリット ツール メディア ご挨拶 未分類 以前の記事
2017年 05月 2017年 01月 2016年 04月 2016年 01月 2015年 04月 2014年 12月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 05月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 05月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 09月 2012年 07月 2012年 05月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 05月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 02月 2005年 10月 2005年 08月 2005年 05月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ついに夢が実現した。
エンリコ・フミア氏からお招きいただき、トリノへと旅立った。まさしくカーデザインを満喫する旅である。熱が出るような濃厚な3日間を報告する。 フミア氏のかつての仕事仲間のツテを使い、一般人はまず入ることすらできない場所に案内してもらうことができたのだ。 第一日目、まずはピニンファリーナのデザインスタジオ。トリノにはピニンファリーナの事業所は5カ所ほどに分散している。そのほとんどが工場であり、イメージするような「デザイン工房」ではない。前にも紹介したように、カロッツェリアとはどちらかと言えば板金屋の工場なのだ。その中でもピニンファリーナは巨大な生産施設を持つカロッツェリアなのである。訪問したのは生産工場ではなく、まさしくデザイン部門そのものであった。企業秘密を多く抱える特性上、さすがにデザインの現場までは入れなかったが、かつての作品を展示するミュージアムのようなスペースを見せてもらった。置いてあるクルマの写真は撮影可能だが、それ以外のものは一切撮影しないようにという注意を受けた後、展示してある稀少なクルマたちをじっくりと拝見することにする。 フェラーリ365BBやディーノ206Sのプロトタイプなど雑誌でしか見たことのない実車を目の当たりにして心は躍るばかりである。我々が展示車に目を奪われている間に、フミア氏はかつての職場であったこの場所が懐かしいらしく、社内を通過していく社員達全てに声を掛けていた。 1955年のランチアスパイダーB24と鮮やかなグリーンに塗られた1992年発表のエトスが隣り合わせに展示されているかと思えば、先日のパリサロンで展示された最新のフェラーリP4/5とエンツォのモックアップもある。朝一番にしては刺激が強すぎる。あっという間に小一時間が過ぎていた。カフェでもいかがですか?と受付のお姉さんが出してくれた今回初めてのエスプレッソの味はまた格別であった。 エスプレッソを飲みながら、フミア氏からピニンファリーナの名前の由来について解説を聞いた。本来の名字はファリーナだという。「ピニン」は小さいという意味。板金をやっていたお父さんと区別するために息子を「小さいファリーナ」つまりピニンファリーナと呼ばれていたそうだ。いつしか、それが息子の呼び名として定着したというわけだ。でも、現在は戸籍上もピニンファリーナと改名が認められたそうで、通常はあり得ないことだという。それほどにピニンファリーナというのは偉業を成し遂げた証であり、国に新たな名字を認めさせるほどの人物になったというわけである。 フミア氏もピニンファリーナは少年の頃からのあこがれであったらしく、Pininfarinaのロゴを見て、周りには「ピニンフミア」だと言いふらしていたそうである。よくできたジョークである。
by F105L
| 2006-12-08 00:19
| デザイン
|
ファン申請 |
||